末路

昔、ハムスターを飼っていたことがある。

ジャンガリアンハムスターと呼ばれる種類で、まあ小さくてカワイイヤツだった。

無惨に死ぬのだが……

 

「ハムスター飼いたい!!」

家の中にバカデカい声が響く。

姉である。

どうやら、当時テレビアニメ放送中であった『とっとこハム太郎』に影響されたらしい。

「お母さんハムスター買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って!!」

壊れた機械みたいに繰り返す。

実際壊れているのだからしょうがない。

「買ってどうすんのよ、ちゃんと世話できるの!?」

「できる!!!!!!!!!!!!できるから買って!!!!!!!!!!」

そんな問答が繰り返される。

分かると思うが、子供の「できる」は絶対にアテにしてはいけない。

「できる」というのは「1日だけならできる」という事と同義だからである。

「買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って買って」

「うるさい!!!!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」

うるさいね。

そんなこんなあったが、最終的には母が折れてハムスターを買うことになった。

 

「かわいい~!!!!!!!」

ペットショップ帰りの車の中、買ったばかりのハムスターを見てはしゃぐ姉。

「ちゃんと世話するって約束だからね、忘れないでよ?」

「わかってる!うるさい!!」

ハムスターが入った紙箱の中に指を突っ込み、中にいる生き物を指で突きまくる。

(南無……)

俺はハムスターを哀れんだ。

 

家には既にケージや床用のワラ、餌やその他飼育グッズが用意されていた。

その中にハムスターを放つ。

恐る恐る歩き回るハムスターを見てニヤける姉。

「名前はどうする?」

俺が聞く。

「う~~~~~~~~~~」

縞々模様の銀色をした小さい塊は、もうケージに設置された家を模した箱を巣と決めたようで、毛の生えたボールのように丸くなり眠っている。

その姿を見ていた姉が叫ぶ。

「名前は『こうくん』にする!!!」

こうくんという生き物が、俺らの家族の仲間入りをした瞬間だった。

 

「毎日アタシがこうくんの世話をする!!!!!」

昨日宣言したとおり、姉はトイレの掃除やエサやりをやろうとする。

とはいえ、ハムスター……ましてやペットを飼うこと自体初めてなので、勝手が分からず四苦八苦しているようだった。

見かねた俺は姉から道具を奪い取り、ひとつひとつ処理していく。

これは俺が世話焼きだからというわけではなく、単に姉の手際の悪さにイラついていたからである。

「………」

じっと俺の様子を見る姉。

「………」

トイレの掃除をする俺。

「明日からアンタが全部やる係ね!!!」

俺に命令する。

イラついたが、ケージの中で動き回るハムスターの姿を見ると反論も食道を下がって胃に入っていくのを感じた。

 

それから俺が毎日世話をした。

姉は、最初の一週間ぐらいはハムスターに夢中になっていたようだが、見たい時にはいつも巣で寝ているばかりで、それを起こすためにケージを叩いていたがなかなか目を覚まさず、終いには巣の中に手を突っ込んだのだが、怒ったハムスターに手を噛まれて叫びながら泣きベソをかいていた……という話を母から聞いた。

それからは興味を失ったかのように、その存在を無視しているようだった。

そのくせ最近では懲りずに「犬が飼いたい」とポツリと呟いては、それを聞いた母親から厳しい叱責を受けるという始末だった。

一方、俺はもはや『義務』といった感じで、ハムスターの身の回りを綺麗にしたり、エサをやったりしていたのだった。

そんな中、近頃気になることがあった。

ハムスターの動きに機敏さが無くなり、フラフラとした足取りをしている。

母に聞いても「エサをやり過ぎたんじゃないの?」とかいう答えしか返ってこない。

それも当然で、母もペットを飼うのが初めてだったのだ。

面倒なことには触れないようにしたい、という気持ちもあったのだろう。

近くに動物病院はない。移動するための足もない俺にはどうすることもできないまま、時間ばかりが過ぎていった。

 

この頃、次第に俺は学校を休みがちになっていた。

俺は、俺が何かサラザラとしたシートで擦られてすり減っていくような、そんな毎日を送っていた。

自分のことで精一杯なのに、ハムスターの世話も同時にこなす事ができるわけもなく、トイレ掃除やエサやりを忘れることもだんだんと増えてきた。

 

そんなある日の放課後。俺は教室で一人、帰り支度をしていた。

「おい○○」

後ろから声をかけられる。

振り返ると、身体全体が縦にも横にも広い、渡部というクラスメイトが立っていた。

渡部は父親の言いつけで近所の空手道場(道場と言っても、師範代の資格を持った役場の人間が趣味で公民館の施設を借りているだけのものだったが)に通っており、一言で言うなら『ガキ大将』という言葉が似つかわしい子供だった。

「な、なに」

俺は恐る恐る聞いた。

渡部には体育の時間や、今のような放課後に度々ちょっかいをかけられていた。

俺がご想像の通り、気が弱く運動系の部活にも入っていないため格好の標的だったのだろう。

「まあまあ」

何がまあまあなのか、そんな考えもよそに、のそのそと近づいてくる。

見ると、右手にはシャープペンが握られている。

何か悪いことが起きようとしている。

「ちょ……」

「まあまあ」

何。

「まあまあ」

俺の太ももに当てられるシャープペン。

「!」

ばちん。

「あ゛い゛っ!!!!」

太ももに突き刺さる芯。

痛みで足を押さえる俺を見てニヤニヤと笑う渡部。

「あ、ごめん」

「……ッ!……ッ!」

涙が出てくる。

「いや~、芯が出てくるとは思わなかったもんでさ(笑)」

「なんで……」

「じゃ、帰るわ」

そういって渡部は教室から出て行く。

足を抱える俺だけが残る。

 

次の日から俺は自室の布団にくるまったまま学校にも行かずに数日を過ごした。

太ももを見ると、赤と黒が混じりあったホクロのような点がある。

なんで……

「○○!!ご飯!!いらないの!?!?」

階下から母親の声が聞こえる。

時計を見れば午後7時。

昨日は2階のこの部屋まで食事を持ってきてくれたのだが、今日はそうではないらしい。

さすがに布団も臭くなってきたし、部屋から出ようと思った。

 

居間につくと、部屋の隅に置かれたハムスターのケージが目に入る。

(そういえば、世話すんの忘れてたなぁ……)

気になったので 中を覗いてみる。

「??」

見ると、ハムスターが仰向けで寝ている。珍しいなぁ。

じっと観察する。

「………!!!!」

心臓が止まりそうになる。

動いてない。

全部。

手汗が止まらない。

「なにしてんの!早くテーブルにつきなさいよ、ご飯できてんだから!」

横から母親の声が聞こえる。

「…………」

俺はケージから目を逸らす。

(とりあえず、ご飯を食べようかな)

見ないようにした。

 

翌日、俺は墓場に来ていた。

墓場といっても、墓石が立ち並ぶような大きいものじゃない。

自宅の裏庭の近くに、数個の墓石が草に覆われながら佇んでいるだけの寂しい場所だった。

「ちゃんと埋めてあげなさいよ」

夕食の後、母親にハムスターのことを打ち明けたら「そう」という短い返事の後にそう言われたのだった。

『ハムスターを飼いたい!!!』

そう繰り返し叫んでいた姉は、俺の言葉を聞いて取り乱していた。

「アンタが!!!!アンタがちゃんと世話しないから!!!!!アンタの所為でこうくん死んじゃったじゃん!!!!ちゃんとしないから!!!!」

全ての責任は、普段世話をしていた俺にあるような言い方だった。

俺は頭の中では『世話はしない癖に、こういう時だけ泣いたり怒ったりするんだな』と、その言葉を受け流していた。

立ち並んだ墓石の横に、草がなるべく無いような場所を探す。

草むしりまでするのは骨が折れるからね。

持ってきたスコップを地面に刺す。

深さ20センチくらいの穴が空いた。そこにティッシュで包んだハムスターだった物体を置く。

上から土を被せる。

俺は足下に転がる石を手に取り、マジックで文字を書く。

 

『こうくんのおはか』

 

被せた土の上に置く。

 

それらを滞りなく済ませた俺は家に帰る。

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