食事

職場の人の話を聞いていると、全員『食』に対してなにかしらの拘りを持っていることが分かった。

 

職場の人が出張から帰って来たりすると、「仕事帰りにどこそこのメシ屋で何々を食べたけど、アレは旨かった」とか、ある時、俺が夕飯にラーメンを食べたと言ったら「ラーメン屋といえば、バイパス沿いにあるあの店のラーメンがここら辺では一番旨いんだよな」とか、職場の人同士が談笑しているのを盗み聞きしたら「いや~、ちょっと探索して見つけた居酒屋で○○を食べたんだけど、あれは失敗だったわ」とか、全員が全員そういう話をしている。

 

俺が出張に行って、その地方の名物を何も食べていないと分かったら「お前、あそこに行ってアレを食べないなんておかしくないか? 何の為に出張に行ってるんだよ!」って怒られる。俺は仕事をしに行っているのであって、メシを食べに行っているわけではない。

 

どうしてあんな風に、みんな『食』に対して貪欲になれるのだろう。答えが見つからない。美味しい物を食べても、明日からの仕事が楽になるわけでも、楽しくなるわけでもない。いや、というか、そもそもこういう考えがいけないのか。美味しい食事を摂れば、人生が豊かになるのだろうか。

 

それとも『食事の話題』が、社会人に最低限必要な『知識』なのだろうか。小学生にポケットモンスターの話題を振るような、そういった普遍的な話題なのか。

 

この前も別府に出張で行くことになったけど、食事は全て『ガスト』で済ませた。でも俺は『ガスト』の料理は、下手なメシ屋よりも旨いと思う。

 

これじゃダメなのか?

 

出張じゃない日は、大体サイゼリヤでメシを食べてる。

サイゼリヤはあんまり旨くないけど。

 

なにも分からなくなってきた。

お風呂屋さん

セックスに対して異様な執着を示していた頃。

俺は相も変わらず小倉のソープに通い詰めていた。

 

ひとつの店ではなく、今日はあの店、明日はあの店……といった具合で、どの店が1番良い想いが出来るのか、とにかく手当たり次第に探っていた。

ある時は急に婆さん出てきて、ドリルフェラチオ(気持ち良かった)の後のセックスでまさかのカンジダに罹り無限にチンチンが痒くなったり、またある時はセックスもせずに女の子と話して終わりだった。それでもソープ通いを辞める事が出来なかった。

お金は減るが、仕事以外で誰も知り合いはいないので、お金を使う場面がない。そういう状況も、俺の心を追い詰めていたのかもしてない。

 

大半が失敗なのだが(『全て』フリーや写真指名で入るからだろうが……)、良い思いをすることも、たまにはあった。

 

 

――――――――

 

 

仕事終わりで疲れていた。

 

今日の仕事は重たい機材を持って、階段を上り降りするという作業だった。

月に一度はこんな日がある。

手を見ると親指の爪が欠けていた。機材を持った時に引っかけたのだろうか。作業手袋を忘れたから? 素手で運搬作業をすると、よく欠けるのだ。

 

それを眺めていたら憂鬱になってきた。

こういう日は、発散が必要である。

 

気付いたらソープの店舗から漏れる、明るい光が目の前にあった。

 

「どうも、いらっしゃいませ~」

「……」

スーツを着込んだ初老の白髪男性が、柔らかい声で出迎える。

俺はお辞儀だけを交わす。

 

「指名されていますか? それともここで選びますか?」

「あの、選びます」

「はい……」男性は、カウンターの下から手慣れた動作で写真を取り出し、俺の目の前に並べる。「今すぐなら、この子達ですね」

 

写真は4枚。顔がぼやけているのでハッキリとは分からないが、どれも美人そうだった。

しかし、こういった写真では『本人』の容姿はほとんど計ることができない。大抵、こういう写真には修整がつきものだから……。

俺は努めて『本当』を見つけようとする。そうやって写真と睨めっこしていたら、見かねたのか男性が声をかけてきた。

 

「もしよろしかったら『どんな子』がいいか、お申し付けください。それに近い子をお選びしますから」

 

『どんな子』がいいか……。

 

正直言って分からなかった。

 

俺はこれまでの人生で、『こういう女の子が好き』という信念を持ったことがなかったからである。

というのも、オナニーをほとんど二次元のアニメ漫画の女の子で行っていたものだから、所謂『現実の女性』に対してどういう感情を抱けばいいのか分からなかった。大学では男子100%のサークルに所属していたので、女の子がどのような顔をしているのか、どのような仕草をするのか想像できない。テレビに映る女性は、テレビに出るだけあって全員が整った顔をしてるので、その気になれば全員で射精できそうだった。

だから、どのような女の子が『俺にとって良い』のか、分からなかったのだ。

 

「……」

押し黙る俺。

「たとえば『サービスがいい』とか『細めがいい』とか『優しい子』とか、何かあればお聞きしますが……」

「……」

「どうでしょう」

「……優しい子で」

「分かりました、じゃあこの子ですね」

 

真ん中の写真を指差す。プロフィールがあったのでそれに目を通した。

年齢は24歳。B89・W60・H87……。

この『W60』というのが曲者で、風俗嬢の『W59』と『W60』に天と地ほどの差がある。大抵の風俗嬢のプロフィールには『偽り』があるのだが、このウエストサイズの差が一番大きいと思う(俺は)。W60というのは、数値以上の迫力をもって現実として突き付けられてくる。もちろん、絶対にそうというわけではないのだが……。

 

そんなことを考えていたら、店の方では着々と準備が進んでいた。

俺は待合席の灰皿に、先ほどつけたタバコの灰を落とす。俺以外に順番待ちをしている人間はいなかった。副流煙を深呼吸で肺に取り込む作業で、緊張をほぐす。

 

「〇〇様、用意ができましたのでこちらにお越しください。」

 

先ほどの受付とは別の男性から声をかけられる。恰幅のいい短髪黒髪の男性だった。

俺は努めて平静を装って返事をする。内心緊張が頂点まで達していた。女の子と対面する前はいつもこうなってしまう。女性に免疫が無いからなのか……。

身体中カチカチになりながらカーテンの前に立つ。

「それではお楽しみください」

 

カーテンの向こうにいた女性は、笑顔で俺を出迎える。

「よろしくお願いしますね~♪」

見た目では年齢は分かりづらかった。24歳と言えばそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、目はパッチリとしているし、顔立ちも整っていた。

ネグリジェのような少し透けているレースの服を着ていて、パッと見、それだけで体形の判別はできなかった。

 

「じゃあ脱ぎましょうか~」

「あ、はい」

 

部屋に入ったらまず飲み物が出され(ウーロン茶)、大きいバッグ持ってるんですね~仕事帰りですか? みたいな会話を軽く交わしたら『本題』に入る。

この会話がひたすら長い女の子もいるのだが、今回の子はそれは早々に切り上げ、服を脱がす行為に移っていった。俺は自分の意志がほとんどないので、女の子の方から切り出してくれないといつまで経っても会話し続ける羽目になる。こんな時でも『いきなりセックスをしようとする性欲の塊みたいに見られたら嫌だなぁ……』という理性が働いてしまうからである。そもそもソープに来ている時点で、なにもかも全てが矛盾しているのだが……。

 

「私、昼は介護の仕事をしてるんで、こういうのには慣れてるんですよね~」

 

そう言いながら、慣れた手つきで俺の服を脱がしては畳み、脱がしては畳み……。

そしてトランクス一丁(中学生の頃にブリーフを卒業してからずっとトランクスを穿いている。ボクサーパンツを穿くような精神性を会得していないので……)になると、女の子がおもむろにタオルを股間に被せてくる。

「……脱がしますね」

タオルの中でモゾモゾと動いていく女の子の手。

俺はこの瞬間がめちゃくちゃ興奮する。見えないところで、女の子が俺のパンツを脱がせていく。

『女の子が俺のパンツを、自分の意思で脱がせている!!』

この事実がとても凄いことのように感じる。

そんな感じで意識を飛ばしていたら、知らぬ間に全裸にされていた。

 

「じゃあ、私も脱がせてもらえますか?」

「……」

 

俺がぼーっとしている間に、女の子はネグリジェみたいな服を脱ぎ、下着姿になっていた。

露わになった身体を眺める。

少し腹回りや身体のあちこちに、ムチムチとした肉が付いていたが、俺としては許容範囲だった。むしろ抱き心地が良さそうだなぁと、好印象を持つ。

 

「私の身体、どうですか…? ちょっと太ってますよね……」

「い、いや、いいんじゃないですかね……抱き心地良さそうだし……」

俺の口から、思ったままの気持ち悪い表現が飛び出す。

「あはは、本当ですか?」

 反面、女の子は嬉しそうである。

もちろん、営業スマイルなのかもしれないので、過剰に反応するのは止めておいた。

 

 

――――――――

 

 

「熱くないですか~?」

 

なにか嬉しそうな声で女の子が尋ねる。俺が「大丈夫……」と小さい声で返事すると、女の子はそのままお湯で俺の身体を濡らした。

 

あまり見ないようにしていたのだが、やはり近くに女の子の裸があると、本能には逆らうのは至難の業で、どうしても目がそちらの方を向いてしまう。XVIDEOSで見るのとは違う、質量を持った存在が、俺の童貞根性を刺激するのである。

 

女の子は特に反応はせず、桶に少量のローションを垂らし、そこにボディソープを大量に注いでいる。

 

「……あ、あの、最初にローションを垂らすのって、なんか意味があるんですかね……?」

 

俺は意識を逸らすために、適当に質問してみる。

 

「これですか? ローションを最初に入れておくと、めちゃくちゃ泡立ちが良くなるんですよ……ほら!」

 

そういって女の子は作った泡を両手にかき集め、俺に見せてきた。

 

「はぇ~……」

 

確かに、CMでしか見たことないソフトクリームのような泡が立っていた。俺は素直に驚く。

それから女の子は「えへへ……」と笑いながら、俺の全身をくまなく泡で被い、丁寧に洗っていった。

 

「じゃあ、お風呂に入ってください」

 

体を綺麗にしてもらった後は(実際には猫背気味の汚い男がいるだけなのだが……)、湯船に誘導される。

洗体中に既にお湯は張られており、少し熱めの温度だった。俺は「ィ~~~~……」という鳴き声を上げながら湯に浸かる。

 

心を天井に向けていると、

 

「失礼しま~~す」

 

と、女の子が俺の股の間に収まるように湯船に入ってきた。

 

「オッ」と俺が言うなり、女の子は笑顔で俺の手を自分の胸に誘導していく。されるがままに、柔らかい胸に俺の手のひらが触れた。

 

「おっぱい好きですか…?」

 

振り向きざまに俺の顔を見ながら、女の子は質問してくる。

 

「う、うn」

 

と、俺は手を硬直させたまま答える。

同意の上なのだから、自分の好きなように女の子の胸を揉めばいいのだろうが、ここでも俺の理性が邪魔をしてくる。『ここで揉んだら、お前は性犯罪者なんだぞ』……そう自分の頭の中に響いてくるような気がした。アホか……?

 

といっても、石像になっているのも不自然だったので、指先だけをモゾモゾと動かす。

 

「うふふ……」

 

女の子は特に何も言わず、笑っているだけだった。

 

――――――――

 

「ベッドに座って待っててくださいね~」

 

風呂から上がった後、女の子に体を拭かれた俺は、そのままベッドに腰掛けた。

俺の体を拭いたバスタオルで、女の子は自分の体を拭いている。

 

「……」

 

女の子は風呂側を向いているので、俺に背を向けている状態だ。

まじまじを観察できるチャンスである。

 

肩幅ば若干広い気がしたが、男に比べればやはり小さい。そこから下に視線を降ろしていくと、腰から尻にかけてのラインは滑らかな曲線を描いていた。男とは違って、この体が『女の子のものである』と主張しているようだった。

 

「……今日は、どんなプレイをします?」

 

いつの間にか女の子は俺の方を向いており、俺は、風邪で学校を休んだのにも関わらず自室でテレビゲームをしているところを母親に見つかった子供のような気分になってしまった。

 

「プ、プレイ……ですか」

 

俺は努めて平静を装って返事をした。

 

「はい、例えば……恋人みたいにイチャイチャするとか……ちょっと乱暴な感じでエッチするとか………それか……痴漢プレイとか」

 

「痴漢プレイ……?」

 

今まで風俗に通っていて、そんな選択肢を迫られた事なんて、もちろんなかった。俺が不思議そうな顔をしていると、女の子は笑顔で説明してくる。

 

「……こうやって、私が電車に乗っているような感じで立ちますよね? そしたらこう、こういう感じでお尻を触ったりおっぱいを触ったりして、後はそのままエッチしちゃうみたいな感じで……」

 

女の子は大仰にジェスチャーを交えながら、痴漢プレイの手順を解説する。

 

説明を聞き終えた俺は……

 

「……イ、イチャイチャする感じで……」

 

そこまで欲望に忠実になる覚悟はなかった。

 

「え~~~~……はい」

 

女の子は露骨に残念そうな顔をする。

そんなに痴漢プレイがしたかったのか……。

 

「じゃ……寝転がってくださいね~~~」

 

俺の隣にピッタリと密着するようにベッド腰掛けた女の子は、俺の背中を両腕で抱えるようにして押し倒す。俺の体に胸や腰が当たって柔らかい。

 

「あ、そうだ、このままぎゅ~~ってしましょうね」

 

そう言うと女の子は、寝転がった俺の体を強く抱きしめてきた。

 

(うお……)

 

風呂上がりで、少し汗ばんだ肌が触れ合っている。嫌な感じはなく、むしろずっとこうして密着していたい気分にさせられる。

 

「○○さんも、ぎゅ~~~ってしてください……」

「え」

 

そう言うが早いか、女の子は、俺の腕を自分の腰に添える。女の子の腰は少し冷えていて、俺の手のひらの体温が伝わると、汗でしっとりと濡れてくる。

 

「ほら……」

「は、はい」

 

促され、そのまま腰に添えられた腕に力を入れる。

 

「恋人みたいな感じでしょ……?」

「いや……あはは、よく分かんないです……」

 

素直に「はい」とか言えばいいのに、童貞根性が顔を出してバカ正直に感想を述べてしまう。こういうところがダメなんだろうね。

 

「え~~~……?」

 

女の子は少し不服そうにしながらも、俺の肩に回した手を少しづつ下にスライドさせていく。

 

腰……尻……横腹……そして、股間に到着する。

 

「オ」

 

俺の鳴き声。

 

女の子は笑顔だった。

 

――――――――

 

「……そろそろいいかな~」

 

女の子が俺の股間から顔を上げる。

チンチンを舐められていたのである。

 

「……」

 

固まる俺を尻目に、女の子は笑顔を崩さず、ベッドボードの上に置いてあるゴムを手に取り、封を切る。中身を取り出したら、そのピョコンと突起した頭を咥えた。

 

「ひゃあ、ひゅけまひゅね~~」

 

ゴムを咥えたまま喋ると、俺のチンチンにキスをした。

 

「ホ」

 

俺は少し腰が引けてしまうが、女の子はそのままゆっくりと頭を降ろす。チンチンが温泉に浸かったように、じんわりと温もってくる。

 

「……ン……ぱぁ……」

 

女の子が口を離すと、そこにはガードが完成したチンチンがいた。

 

「……んふ」

 

ガードチンチンに手を添えたまま、俺の上に跨る女の子。

そのままじわじわと腰を落とす。

俺のチンチンが見えなくなっていく。

 

「ン……ンン……ン~~~~~~~~~~~~~」

 

くぐもった声を上げる女の子。

 

「~~~~~~~~」

 

そのまま声にならないような声に変わったかと思うと、俺のチンチンが完全に飲み込まれてしまった。

 

「はぁ……動くね……」

 

女の子は俺の上で、少しづつ強弱をつけながら跳ねていく。

 

そんなこんなしている最中、女の子は終始笑顔だったのだが、俺はというとチンチンにゴムを付けられる時点からずっと無表情である。

気持ち良くないという訳ではなく、女の子のこういう行動にどういった反応を見せたらいいのか、正解が分からないからだ。

女の子が頑張って俺を気持ち良くさせようとしている所を、どういう顔で眺めていたらいいのだろう。

 

多分一生分からない。

 

「はぁ……ねぇ……今度は上になってくれる……?」

 

女の子は、潤んだ瞳で俺を見つめてきた。

『上になる』とは、つまり『正常位』である。

 

「……う、うん」

 

言って俺が起き上がるのと入れ替わりで、女の子はベッドに寝そべる。

 

「え~~~~~と……」

「そこじゃなくて……もうちょっと上……」

 

女の子にチンチンをあてがっているのだが、毎回入り口がどこなのか探すハメになる。

経験が少ないので女の子の入り口がハッキリとつかめない。

以前、尻の穴に入れそうになって「違うって!!」と女の子から殴られたことがあった。

 

「ンン……」

 

今回はちゃんと入ったようである。

 

「じゃあ動きますよ……」

 

いちいち聞かなくてもいいことを聞きながら、モゾモゾと動き出す俺。

それに合わせて女の子の息が荒くなってきた。

 

「だ、大丈夫ですか……? 痛くないですか……?」

 

俺は相も変わらず、聞かなくてもいいことを聞きながら腰を動かす。

女の子は瞑っていた目を少しずつ開き、俺の方を見つめてきた。

 

そして、

 

「大丈夫……。男の人が気持ちいいと思うように動くと、女の子も気持ちいいんだよ……」

 

と、優しく囁いた。

 

「……」

 

本当か嘘か分からないが、少し救われたような気がした。

 

――――――――

 

「お疲れ様~~~」

 

なんやかんや済ませた後、俺と女の子は並んでベッドに座っている。

俺は女の子から受け取った250mlの緑茶缶に口をつける。乾いた喉と熱くなった胸を、冷たい物が滑り降りていくのを感じる。

 

「気持ち良かった?」

 

女の子は、最初の頃に見せたような敬語口調ではなくなっていた。

 

「は、はい……ありがとうございます……色々と……」

 

俺は何か、恥ずかしい気持ちが拭いきれなくて、かしこまった言葉遣いになってしまう。こういうところだろうな。俺は。

 

「もうすぐ時間になっちゃうね~」

 

時計を見ながら、女の子は言う。

 

「今度は……」

 

俺の方を振り向く。

 

「……痴漢プレイ、しようね!」

 

 

はは……。

 

 

よっぽどやりたかったんだろうな……。

 

 

 

 

おわり

修学旅行2

飛行機を降りてから一悶着(自分との)があった後、修学旅行の一行はバスに乗って移動する。

今日はケアンズにあるホテルに宿泊し、翌日また飛行機に乗って、旅行の目的地であるパースに向かう予定になっていた。なぜそういう旅程なっていたのかは分からない。日本を朝に出発したから、明るいうちにパースに着くことは出来ないという理由からかもしれない。

 

バスで移動している時は、延々と窓の外を眺めていた。確かに外国という事もあってか、見慣れない風景が広がっている。でもそれは日本国内でも同じことで、新しい場所に行けば新しい光景が広がっているはずで、特に驚くことではない。

普段から家を出ないので、どこに行っても新しい風景なのは当たり前だった。特に感動もなかった。

 

しばらく揺られていると、バスはどんどん街中に入っていく。

 

それはそうと、オーストラリアは日本と同じで車道は左側通行らしい。外国というんだから、てっきり右側通行だと思っていた俺は落胆した。日本と同じじゃんって。

 

そんな事を考えていたら、バスがホテルらしき建物の前に止まった。ここが今日泊まる予定のホテルだった。結構小さいホテルだったような気がする。うちの生徒が全員泊まったら、全室埋まってしまうんじゃないか、というくらいで……。

 

「各自の部屋割りは聞いたな! 荷物を置いて、6時になったらまたこのロビーに集合だぞ!!」

 

そんなに声を張り上げなくても全員に聞こえるだろう、というくらいの大音量で担任が叫ぶ。

俺は今日泊まる予定の部屋に向かう。1つの部屋に5~6人程度が寝泊まりするという形になっており、ベッドも泊まる人間と同じ数だけ置いてあった。

どのベッドで寝るかは部屋の人間がそれぞれ決めるようになっていて、当然のように俺は、入り口の近く、一番寝心地の悪そうな場所を割り当てられてしまった。校内ヒエラルキーの最底辺にいるので妥当なところである。ベッドの上に荷物を置いて、赤ちゃんみたいに部屋の設備やらなんやらを確認していたら、もう時計は6時近くになっていた。

 

ホテル内には夕食をとるような場所はなく、全員が6時に集合したのも、近くのレストランで食事をするためである。

 

レストランはお世辞にも綺麗とはいえなかった。食事をする所は外にあり、所々黒く汚れているアウトドア用のテーブルが並べて置かれている。

 

「じゃあ今からメシを配るからな~~~! 各テーブルごとに取りに来いよ~~~!」

 

また担任の無駄に大きい声が響いてくる。

 

(?)

 

というか、こういうのはウエイターが運んでくれるんじゃないのか?という素朴な疑問が頭に浮かんだが、それも束の間、俺はその渡された料理に圧倒されてしまった。

 

 

f:id:kit0876:20180104031729j:plain

 

 

「はい、これ」

 

(……?)

 

皿の上に1枚、乾いたステーキが置かれている。

 

「……」

 

俺は釈然としないまま、乾いた肉を持ってフラフラと自分の席に戻る。

 

「……」

 

とりあえず、一口大にナイフで肉塊を刻み、口に含む。

パサパサとした繊維質の肉が、口の中の水分を吸収してニチニチと音を立てる。

ほとんど味もしない。

 

……

 

この時に思った。

 

やっぱり日本のごはんが、世界で一番美味いってこと……。

小学生低学年の頃は今と違ってゲーム機も持ってなかったし、外で遊びまくってた。

 

昔は家の前に花壇があって、そこにサルビアが咲いていたのでその蜜をひたすら吸ったりしてた。今は親が年を取り、世話をするのが大変になったみたいで、緑色の雑草だけが一面に生い茂ってる。

 

近所に駄菓子屋があったので、そこで母親からせびった小遣いで、当たり付きのきなこ餅(爪楊枝に刺してあって、先の方が赤く塗られていたらもう1本貰える)を無限に食べたりした。俺が中学生になる頃には店主の婆さんが病気にかかったらしく、一年中電気がつかなくなった。今ではその店も取り壊されて、車が4台ほど停まれる駐車場になっている。

 

自転車を買ってもらった時には、家からどこまで離れた場所に行けるのかを試したくて、死ぬほど漕いで全く知らない場所まで来たのは良いものの、いきなり辺りが暗くなってきて、大声で泣きながらなんとかかんとか家まで帰ったら、「こんな時間までどこをほっつき歩いてたの!!」つって、母親に頭を殴られるわ、父親からは頬に張り手を喰らうわで散々だった。今の俺なら、疲れることもなく歩いていける距離だった。

 

学校から帰る途中に、一軒の家があった。

担任の先生の家だった。

玄関から見える位置にある部屋には、その担任の母親と思われる婆さんが座っている。

いつ見ても同じ位置に座っているので、俺も目を合わせたら「おはようございます」とか「さようなら」といった挨拶をしたり、婆さんがくれるお菓子を貰ったりしていた。

婆さんはよく、その部屋でゲームをしていた。

画面の上から、赤い物や青い物が落ちてくる。婆さんに聞くと、『ドクターマリオ』というゲームらしい。

当時の俺は、ゲーム機に触ったこともなかったので、婆さんが手に持つコントローラーの操作に合わせて、画面の色とりどりの物体が動くのが不思議でたまらなかった。

しかも聞くところによると、ゲームのソフトはこの1本しか持っていないという話で、それにもかかわらず何年何年も、この『ドクターマリオ』だけをプレイしているそうだ。

 

「……」

「……どうかしたんね?」

 

物珍しそうに画面を見つめる俺に、婆さんが声をかけてきた。

 

「……」

「……」

「やってみるか?」

 

その問いかけに、はち切れんばかりの大声で「うん!」と答える。

 

………

 

その後しばらくして、いつものあの部屋に、婆さんは姿を見せなくなった。

 

少し不思議に思ったが、俺の中では「ドクターマリオが遊べなくなっちゃったなぁ……」という気持ちだけが、心の大部分を占めていた。

 

それから一度も会っていない。

同人誌、同人ゲーム、同人ソフトのダウンロードショップ - DLsite.com